ネットワークの構造に基づく細胞分化システムの制御

開催日時
2018/12/11 火 16:30 - 18:00
場所
6号館809号室
講演者
望月 敦史
講演者所属
京都大学ウィルス・再生医科学研究所 数理生物学分野
概要

多くの生命機能に多数種の遺伝子が関わり,それら遺伝子間の制御関係がネットワークと呼ばれるほどに複雑であることが明らかにされてきた.これら複雑なシステムから遺伝子活性のダイナミクスが生じ,ダイナミクスこそが生命機能の起源なのだと考えられている.例えば,ホヤの初期発生では7通りの細胞の違いが生じるが,この際に働く90の遺伝子と,それらの間の制御関係が遺伝子ネットワークとして同定されている.一方でネットワーク情報は相互作用の骨格だけしか含んでいないため,関数やパラメータなどを仮定した数理モデルを構築し,生命現象の再現を試みるのが通常の数理的方法であった.  これに対して我々は,与えられた制御ネットワークに対し,その構造だけからモデルに依存せず,力学的に重要な一部の分子を決定できる理論を初めて発見した.各ノードが各変数に対応し,各エッジが制御関係に対応するような,有効グラフ上のダイナミクスを考える.ネットワークの構造だけから決まるノードの部分集合Feedback vertex set(FVS)において,力学挙動を観測(もしくは制御)することで,システム全体のダイナミクスを観測(もしくは制御)できることを,我々は証明した.
 この理論に基づき,実際のホヤの90遺伝子を含むネットワークを解析したところ,FVSはわずか5つの遺伝子しか含まないことが分かった.つまり,もし遺伝子ネットワークの情報が完全であれば,5つの遺伝子の活性を制御するだけで,細胞運命のダイナミクスを自由に制御できるはずだ.この仮説を検証するため,実際のホヤ肺を用いて細胞分化システムの制御実験を行った.FVSとして定められた5つの遺伝子を人工的に活性化あるいは抑制する25通りの網羅的制御実験を行った.制御実験の結果得られた操作胚の遺伝子発現の多様性は,正常発生で観察される7通りの細胞分化状態のうち,6通りを含むことが分かった.ホヤの遺伝子ネットワークの情報は,細胞分化を説明する上でほぼ完全でありながら,まだ未解明部分が残ることが示唆された.この研究は,ベルリン自由大学のBernold Fiedler教授と,京都大学大学院理学研究科の佐藤ゆたか准教授らとの共同研究である.