数学 ひとつのもの、若き頭脳と感性を

柏原正樹教授(COEプログラム拠点リーダー)

始めに、我々の21世紀プログラムの ホームページ から冒頭の部分を引用します。 少し硬い文章ですが我慢して読んでください。

「数学は人類文明の最深部に位置して科学全体の基盤となる基礎的学問分野であり、 現代社会における科学・技術を支えている。本計画では、 数学全般における長期的 な視野のもと に次世代研究者を育成し、事業推進担当者を次の3グループにわけ、各々のテーマに おいて 先端的数学の国際的拠点形成を行う。」

グループごとのテーマを書いておきます。

第1グループ
無限と大域の対称性 (無限可積分系、幾何学的表現論、モジュライ 空間の幾何)
第2グループ
数論と代数幾何の融合 (双有理幾何、数論幾何)
第3グループ
数理現象の解析 (複素力学系、数理流体力学、確率解析)

この拠点紹介では上記の内容についてこれ以上詳しい説明はできませんが、 さいわいメンバーのひとりである加藤和也さんの講演で、数論幾何についての 楽しいお話を聞くことができますので、ここでは他のテーマにもそれぞれの夢があると だけ述べておくことにします。

さて、拠点形成の目的について述べなくてはなりませんが、このことについて 物理学者の Leonard Susskind という人が書いた文章を最近読んだので、 その一部を引用したいと思います。ソウルに KIAS (Korean Institute for Advanced Studies) という研究所があります。原文は、韓国において KIAS のような研究所がなぜ必要か という 問いに対して KIAS の news letter 上で答えたものです。

``... in truth, science is really a seamless whole. The boundaries between scientific disciplines or between pure and applied are artifitial and there is a continuous interplay across these boundaries. ... You can't pick up an area of science and expect it to flourish in the most productive way.''

私は、Susskind 教授のように科学全体について述べる自信はありませんが、science を mathematics に置き換えて読んでみるとまさにその通りだと思うのです。上記の 3つのグループ分けは、COE 拠点形成の申請書の作文のために作り出した建前であっ て、 我々数学者の本音は Susskind 教授が述べているように境界とかの既存の定義に とらわれない自由な発想をよしとする点にあります。

もう少し引用を続けます。

``... In the United States and Great Britain pure research in my area of science is done at many unversities and institutes. Nevertheless there are just a small number of concentrations of talent which dominate the progress.''
Susskind 教授は、20世紀初頭の Niels Bohr Institute などの国際研究拠点の例 を挙げた 後に、

``... Each of these institutions is more than the sum of their parts. Collaboration and interaction makes them better than any of individuals. A critical mass of excellent minds leads to ``chain reactions''.''

と結論しています。京都大学の数理解析研究所と理学研究科における数学研究はまさに Susskind 教授が言われる臨界質量を越え、これまでにいくつもの連鎖反応を起こし てきました。 しかし今回の拠点形成にあたっては、若い人々に強調しておきたいもうひとつのポイ ントが あります。我々の ホームページ から引用します。

「数学の新たな発展は若い研究者の新しいアイデアに負うところが大きく、 次世代研究者の育成は数学そのものの発展に直結している。大学院重点化によって 大学院修士課程の入学定員は増えたものの、その平均的学力は、20年前に比べ劣っ ていると 言わざるを得ない。このような状況のなかで、社会に対する人材の供給と研究者の育 成を 推進するためには、数学・数理解析専攻と数理解析研究所がそれぞれの特徴を生かし 連携する 必要がある。」
最後にもう一度 Susskind 教授の言葉をお借りして、年長の拠点リーダーとしての気 持を 強調しておきます。

``... science is an intellectual community. Without the basic science to excite young people and keep old people enthusiastic, the best and brightest minds of a nation will go elsewhere.''

若い感性で我々の数学への情熱の火をさらに燃え上がらせてくれる人の出現を望みま す。


京都大学 大学院理学研究科 数学教室| COE